以前、野球体育博物館で入手したパンフレットの「Baseball History」に「1977 昭和52」年の「●9月3日、王貞治はハンク・アーロンの記録を破る通算756本塁打を達成」とある。これにちなむとのこと。2011(平成23)年発行 の『野球にときめいて――王貞治、半生を語る』(王貞治著、中央公論新社)では、もちろんこの偉業についても述べている。「思いもしないフィーバー」は区 切りのいい「七〇〇号」のころからはじまったそうで、本人の意思とは関係なく周囲が盛りあがっていたようだ。当時を知るファンの方たちはそのころの様子 を、空気をいまなお鮮明に覚えているかもしれない。そして「七五六号」はむしろ「これで解放されるという気持ちのほうが強かった」というから、スーパース ターといえどもいままでとは違った相当なプレッシャーを感じていたのだろう。しかも解放されるどころか「「七五六号」という山を越えたことで周りが騒がし くなり、今までのようにボールに集中できなくなってしまった」のだという。引退までにさらに100本以上のホームランを打っただけに意外な話のような気も するが、同じような変調は平穏な日常に戻りたくても戻れないオリンピックのメダリストたちにも起こりうるかもしれない。